子どものプログラミング教室

先日、蔦屋書店で本をブラブラと眺めているときに目に留まったコピー。

今年こそ始めるプログラミング

週刊東洋経済2020年1月18日号

プログラミングについては、いつも「今年こそ」と書かれるので別に目新しさはないが、今年からプログラミング教育が小学校で必修化されるということもあり、小学一年生の長男のいる我が家としては下記の特集は無視できなかった。

特徴・費用をチェック 子どもプログラミング教室25選

巷に子ども向けのプログラミング教室が増えてきているのは知っていたが、「どこが?どういう理由で良いのか?」については詳しく知らない。

自分は子どもブログも書いていたりもするので(別サイト)、そこでの紹介も念頭に一度徹底的に調べたいと思った。

私にとってプログラミングとは?

誰も知りたくないだろうけど、わざわざ書いているのは書きながら自分を振り返るため。

もともと、大学を卒業と同時にろくな就職活動もせず、感想文を社長に送るという手法でベンチャー企業への就職が決まったものだから、必要なスキルはその都度で最短攻略法を考えて、猛烈に勉強しながらキャッチアップしていくという質。

キャリアの途中で、ホームページを制作する為に必要なマークアップの習得は、それをカタチにするために最低限必要ということから勉強はしてきたが、それをすればするほど専門職人レベルへの道の奥行きと、俯瞰で見られるほどに浅くにとどまらなくてはいけない必要性も同時に考えてきた。

カタチにして作業の、

  • デザイン(プログラマー)部分を担当したいのか、
  • それとも戦略(マーケティング、ビジネス)部分を担当したいのか?

そんな曖昧でどちらによることもできない葛藤のなかで、掴もうとしては蓋をしてを何度か繰り返してきた気がする。

それが自分にとってのプログラミング。

しかし、昨年の後半から少し変えたことがある。

それは、「我が子にとってプログラミングがどう必要なのか?」についての答えをきちんと理解するために、一度自分自身が没入する必要があると考え、Pythonを学びはじめたこと。

Pythonでなく、RubyやSwiftなどでも良かったのだけれども、私は干支が巳年だし、蛇つながりでパイソン(Python)が自分らしいかなと。

はっきりいって、これは専門職の苦労を知らないだけかもしれないが「難しい」と思う一方で「愉しい」。

これは、カメラマンの仕事に似ているような気もする。
詳しくは書かないが、お金を払ってでもやりたい性質のものである。

プログラミングが「難しい」も「愉しい」も、教え手の工夫・捉え方次第なのだろう。

いま確かに感じていることは、ものごとのアルゴリズムを考えるという部分において”「プログラミング言語も」使って子どもたちに教育してあげる”ことの必要性。

問題を解くための手順を定式化し、他者に表現できるようになること。

まだ独身だった10年以上も前。

近所の小学生にマインドマップの使い方を教えてきたことがある。

その後の、生き方というか解き方に役立つツールを紹介する。
解き方は教えられないかもしれないが、オッサンができる、やるべきことはその可能性を拓いておいてあげるということではないか?

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コンピューターにカリカリとプログラムを打ち込むプログラマーは遠い将来には減っているかもしれない。

しかしそれが、コードを書く人からアルゴリズムを成立させるデザイナーと呼び名を変えて注目され続ける存在であることに疑いはない。

さて、